東京地方裁判所 平成5年(ワ)23347号 判決 1996年5月01日
原告
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
小林郁夫
被告
住友生命保険相互会社
右代表取締役
木村輝久
右訴訟代理人弁護士
篠崎正巳
被告
明治生命保険相互会社
右代表者代表取締役
波多健治郎
右訴訟代理人弁護士
田邊雅延
同
佐藤道雄
同
市野澤要治
被告
アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー
日本における代表者
戸國靖器
右訴訟代理人弁護士
大江忠
同
大山政之
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
被告らは、原告に対し、各自金二億二四八〇万四三五八円及びこれに対する平成五年九月一一日から支払済みに至るまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、銀行から融資を受けて被告らの終身型一時払い変額保険に加入した原告が、変額保険への加入に際し、被告らの保険募集人らから虚偽の説明を受けた等として、右募集人らの共同不法行為を理由に、保険募集の取締に関する法律(以下「募集法」という。)一一条一項に基づき、被告らに対し、損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実(後者の事実については、認定に供した主な証拠又は証拠部分を末尾に略記した。)
1 (当事者)
原告は、後記本件各変額保険契約の申込み当時八〇歳(明治四二年一月一二日生まれ)で、無職の者であった。<書証番号略>
被告らは、いずれも生命保険業を営む会社であり、乙(以下「乙」という。)は被告住友生命保険相互会社(以下「被告住友生命」という。)の、丙(以下「丙」という。)は被告アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー(以下「被告アリコ」という。)の各所属保険募集人であり、丁(以下「丁」という。)は明治生命保険代理社との間で委託契約を締結し、被告明治生命保険相互会社(以下「被告明治生命」という。)のために保険契約の締結を代理する者である(<書証番号略>以下、三名をまとめて「本件募集人ら」ということがある。)。
2 (銀行等からの借入れ)
原告は、原告の後記本件各変額保険契約に基づく保険料及び諸経費支払いのために、平成元年六月一六日に太陽神戸銀行(後にさくら銀行と商号変更。以下「さくら銀行」という。)から五億円を、同月一九日に日興ファイナンスから二億一七〇〇万円を借り入れた(以下「本件借入」という。)。本件借入の際、原告は、所有する数筆の不動産に根抵当権を設定し、その登記費用及び手数料として合計六一五万八〇〇〇円を支出した。<書証番号略>
3 (本件各変額保険契約の締結)
原告は、平成元年六月一九日、被告らとの間で、別紙保険契約一覧表のとおり終身型一時払い変額保険契約を締結し(以下まとめて「本件各変額保険契約」、個別に「本件変額保険契約」という。)、被告らに対し、保険料合計六億七〇六七万七五〇〇円を本件借入金をもって支払った。いずれも保険契約者は原告であり、被保険者の甲野太郎(以下「太郎」という。)は原告の長男、同Aは太郎の妻、同B、同C及び同Dは太郎・Aの間の子(原告の孫)である。(被告らとの各契約の締結について、原告とその契約を締結した各被告との間には争いがない。)
4 (本件各変額保険契約の解約)
原告は、平成五年九月四日、本件各変額保険契約のうち被保険者を原告以外とするものを解約して、別紙保険契約一覧表の「解約返戻金」の「合計」欄記載のとおり、解約返戻金合計二億九六八二万五七六三円を受領した。(被告らとの各契約の解約について、原告とその契約を締結した各被告との間には争いがない。)
二 争点
本件の主な争点は、本件募集人らが原告に対し本件各変額保険契約締結に向けてした勧誘が不法行為に該当するか否かである。
1 原告の主張
(一) (本件各変額保険契約についての勧誘の経緯)
(1) 乙は、平成元年二月ころ、知人を通じて原告の長男の太郎を紹介され、それ以来同年六月一九日に本件変額保険契約を締結するまで、太郎(原告と太郎とをまとめて、以下「原告ら」ということがある。)に対し、執拗に原告の相続に備えた巨額の一時払い変額保険への加入を勧誘した。同年三月には丙もこの勧誘(以下全体を「本件勧誘」という。)に加わった。
乙及び丙は、本件勧誘の際、保険金額一五億五〇〇〇万円(保険料総額五億六八〇〇万円)から保険金総額二八億五〇〇〇万円(保険料総額一三億四二〇〇万円)の各プラン(以下「本件各プラン」という。)を記した四つの文書を使用した。本件各プランの内容は、保険金額及び保険料の金額が異なるほかは全く同旨であり、保険契約者を原告、被保険者を原告ほか家族全員五名、保険料総額を銀行から借り入れ、その利息についても毎年銀行から借り入れて、不動産について路線価上昇率を年7.5パーセント、変額保険の特別勘定の運用利回りを年九パーセント、銀行借入利息を年5.4パーセントないし六パーセントとして原告の相続発生時の相続税額を試算し、相続発生が契約直後、三年後、五年後、一〇年後のいずれの場合も数千万円から数億円の導入効果が生ずるというものであった。
乙及び丙は、運用利回りについて「実績としては一二ないし一五パーセントできている。」「安全をみて九パーセントにはなる。」などと導入効果が確実にあることを強調しむしろこれを上回る成果の可能性もあり、有利な保険であることを強調した。他方、運用利回りが4.5パーセント又は〇パーセントの場合の試算は全く示さず、かつ変額保険のリスクまたは危険性については全く説明しなかった。
(2) 丁は、原告と被告明治生命の本件変額保険を締結するまでの間に原告らと会ったり、事情を確認することなく、乙及び丙の言うままに契約書類を同人らに委託して右保険契約を締結した。
(二) (変額保険の特殊性)
変額保険は、それに係る特別勘定資産の運用の利益と危険とを加入者が負担する点において、従前の保険の概念と異なるハイリスクハイリターン型の新型の保険である。したがって、変額保険の募集人の資格は生命保険協会の特別の試験と登録を経た者に限定されている。
(三) (本件各変額保険の危険性と勧誘の欺もう性)
(1) (借入併用の相続対策型変額保険の危険性)
本件各変額保険の勧誘は、原告が高額の固定資産を有し、他方納税準備資金を有していないことを前提に、七億円近い保険料の全額を銀行から借り入れて支払うというものであり、利息負担分を減殺しなければならず、かつ多額の契約返戻金を導入効果の前提としており、本件各変額保険は借入れを利用した投資信託と同じものであって、その危険性は極めて高度のものであった。
(2) (多社協同の高額保険勧誘の危険性)
契約者に損害やトラブルが生じることを防止するために、被保険者一人当たりの生命保険金額は、被告らの自主規制ないし内規によって三億円内に制限されていた。それにもかかわらず、乙らは、原告に複数の被告らと協同して本件各変額保険を締結させ、本来の制限を逸脱し、原告のリスクを増加させた。
(3) (杜撰な相続税の試算)
本件変額保険の勧誘に用いられた本件各プランは、いずれも原告の所有不動産が宅地約九〇〇坪であることを前提として現在及び将来の相続税額を試算しているものであるが、その宅地の利用関係、すなわち貸地であるのか自用地であるかや路線価等については調査を経ておらず、杜撰かつ無責任な評価をしている。
また、被保険者を相続人とする場合において、相続税納税資金を現金で用意していないときは、相続した本件変額保険の契約上の権利を解約して現金化する必要があり、この解約返戻金と支払保険料との差額に一時所得として所得税が課せられるのであって、節税効果の有無を問題とする場合にはこの所得税相当額を(厳密には各自の年収予想額に当てはめて)試算する必要があるが、右プランには右の計算が織り込まれていない。
(4) (路線価上昇についての誤導)
本件各プランは、将来の路線価上昇率をいずれも年7.5パーセントであることを前提として試算をしているが、公的性格を有する保険会社がこのような予測を示して保険の勧誘をすることは投機をあおるものであって不適切であるとともに、その予測は結果と相反し極めて不当である。
(5) (特別勘定運用益見込についての誤導)
前記(一)(1)のとおり、乙及び丙は、本件各プランによる勧誘に際し、変額保険に係る特別勘定資産の運用益は実績が年一二ないし一五パーセントであって、将来もこれに準じ、安全をみても年九パーセントであると説明した。
しかし、被告らの運用実績は区々であって、現に被告アリコの運用実績は極めて低迷しており、被告住友生命についても平成元年に入ってからの実績は低調であって、右説明は事実に反するものであった。
のみならず、生命保険協会の自主ルールにより、変額保険の勧誘文書においての運用実績の記載は、年九パーセント、4.5パーセント及び〇パーセントの各場合を併記することになっていたところ、これに反し、乙及び丙は九パーセント以外のものを提示しなかった。
(6) (銀行借入利息についての誤導)
本件各プランは、銀行からの借入利率が年4.5パーセントないし六パーセントであることを前提としていたが、実際には、平成三年ないし四年には、さくら銀行からの借入利率は8.375パーセント、日興ファイナンスからの借入利率は9.6パーセントとなり、右予測と大きく異なった。
(7) (リスクを警告するパンフレット、しおり、約款、定款の不提示)
乙は、本件勧誘に際し、保険金額の総額が三億円ないし五億円の被告住友生命の設計書を二回交付しただけで、他のパンフレット、しおり、約款又は定款を全く原告らに交付しなかった。被告アリコ及び同明治生命は、右のような資料を何一つ原告らに交付しなかった。
(8) (契約者に会わない他社任せの勧誘及び締約――丁の責任)
丁は、前記(一)(2)のとおり、原告と被告明治生命の本件変額保険契約を締結するまでの間、原告らと会ったり事情を確認することがなかったが、本件各プラン及び勧誘経過を知っていた。
また、仮にその全部又は一部を知らなかったとしても、丁は、少なくとも乙及び丙から丁へ本件変額保険への参加の申し出があった時点において、被告住友生命及び同アリコだけでは対処できない高額の相続対策であり三社同時にのみ契約可能な一体的な契約であることを知っていた。
よって、丁は、乙及び丙と共同して本件各変額保険契約を締結したのであり、その違法な勧誘を共同行使したものというべきである。
(四) (法令及び内規違反)
本件勧誘行為は、次の法令及び内規に違反する。
(1) (重要事項の不告知)
本件変額保険の勧誘に際しては、運用益が〇パーセント及び4.5パーセントの場合の試算例が告知されず、しおり及び約款が提示されず、さらに本件各プランにおいて解約返戻金についての所得税の記載が欠落していた。これらは募取法一六条一号(重要事項の不告知)に違反する。
(2) (他社募集)
乙及び丙が、丁から契約書類を預かり、原告に被告明治生命との本件変額保険契約を締結させたのは、募取法一〇条に違反する。
(3) (利益配当又は余剰金の分配についての予想を記載した文書の使用)
本件勧誘においては、運用益が九パーセント以上であると記載された文書が使用されたが、これは募取法一五条二号(利益配当又は余剰金の分配についての予想を記載した文書の使用)並びに「将来の運用成績についての断定的判断を提供する行為」を禁止した昭和六一年七月一〇日蔵銀一九三三号通達及び保険協会の同旨の禁止規定に違反する。
(4) (社名又は募集人名を記載しない文書の使用)
本件勧誘において補完的な説明のために社名又は募集人名を記載しない文書が、使用されたが、これは、募取法一四条に違反する。
(5) (生命保険協会の保険募集文書の図画作成基準違反)
本件各プランを記載した文書は、生命保険協会に未登録の文書である。このような文書が使用されたこと、右文書に節税に極めて有効との趣旨の記載があること並びに右文書に投資的要素が強調されていること及びデメリット情報が摘示されていないことは、それぞれ、同協会の生命保険の募集文書図画作成基準に関する運営規則及び募集文書図画作成基準(付表)に違反する。
(五) (損害)
原告は、前記第二の一4のとおり、本件変額保険契約を解約し、その解約返戻金をもって本件借入の一部を返済した。その結果、原告は、平成五年九月一〇日時点において別紙損害一覧表のとおり、二億二四八〇万四三五八円の損害を被ったが、これは、乙らの前記共同不法行為によるものである。
(六) よって、原告は、被告らに対し、本件募集人らの共同不法行為を理由に、募取法一一条一項及び七一九条により、右損害額二億二四八〇万四三五八円及びこれに対する損害確定の日の翌日である平成五年九月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
2 被告住友生命の主張
(一) (本件勧誘の経緯について)
(1) 原告の主張1(一)(1)の事実のうち、乙が太郎と平成元年二月に共通の知人である弁護士の紹介を受け、会ったこと、本件各プランを記載した文書(以下「本件各プラン書」ということがある。)を交付したことは認めるが、その余は否認する。
乙は、太郎と弁護士の事務所で初めて会ったとき、変額保険に関するパンフレットを使用し、変額保険の一般的な説明を行った。乙は、本件各プラン書を、原告宅の総合的な相続対策に関するプランの一つとして提示したのであり、それが概算であることは明示していた。また、乙は、特別勘定の運用が九パーセント、4.5パーセント、〇パーセントと記載された設計書を示して運用が変動すること、解約返戻金に最低保証がないことを説明した。また、乙は所得税についても説明した。
また、原告の子や孫を被保険者としたのは、原告死亡時の相続税支払いの足しになる場合があることもあるが、それ以上に、二次・三次相続を考えたものであるとして説明したものである。さらに、金利や運用状況や社会情勢も変化することから、それらについては常に注意を払わなければならず、保険に入ったから安心といったものではないことを説明した。
(2) 同1(一)(2)の事実は、否認する。
(二) (変額保険の特殊性について)
同1(二)は認める。
(三) (本件各変額保険の危険性と勧誘の欺もう性について)
(1) (借入併用の相続対策型変額保険の危険性について)
同1(三)(1)の事実は否認し、主張は争う。
(2) (多社協同の高額保険勧誘の危険性について)
同1(三)(2)の事実は不知。主張は争う。
保険加入の上限金額は規定されているが原告主張のような理由によるものではない。
(3) (杜撰な相続税の試算について)
同1(三)(3)の事実のうち、九〇〇坪を前提とした試算であることは認め、その余は否認する。原告所有地の路線価は原告側から申し出のあった数字である。
(4) (「路線価上昇についての誤導」について)
同1(三)(4)のうち、将来の路線価上昇率を年7.5パーセントとした事実は認め、その余の主張は争う。
(5) (「特別勘定運用益見込についての誤導」について)
同1(三)(5)は争う。
(6) (「銀行借入利息についての誤導」について)
同1(三)(6)の主張は争う。
銀行融資は、原告側が主として交渉したものであり、具体的な融資の条件等については不知。
(7) (リスクを警告するパンフレット、しおり、約款及び定款の不提示について)
同1(三)(7)の事実は否認する。
乙は、平成元年二月二〇日にパンフレットを、同年四月一〇日ころに約款等を交付している。
(8) (他社任せの勧誘について)
同1(三)(8)の事実は否認する。
(四) (法令及び内規違反について)
(1) (重要事項の不告知について)
同1(四)(1)の事実は否認し、主張は争う。
(2) (他社募集について)
同1(四)(2)は争う。
(3) (利益配当等の予想を記載した文書の使用について)
同1(四)(3)は争う。
本件各文書は、運用実績の断定的な判断を示したものではないし、配当予想をしたものではない。本件各プランは試算以上の意味を持つものではない。
(4) (社名又は募集人名を記載しない文書の使用について)
同1(四)(4)は争う。
変額保険については、パンフレット・設計書等により説明している。
(5) (生命保険協会の保険募集文書の図画作成基準違反について)
同1(四)(5)のうち、本件各プラン書に節税に有利との記載があること、投資的要素の強調及びデメリット情報の不摘示については否認し、主張は争う。
本件各プラン書は登録すべき文書ではない。
(五) (損害について)
同1(五)は不知ないし争う。
原告が主張する二億二四八〇万四三五八円の損害は、生命保険を解約したことにより生じたものであり、生命保険に加入したことによる損害ではない。
(六) 同1(六)は争う。
(七) 原告らは、パンフレット及び設計書に基づき説明を受け、変額保険に係る資産が特別勘定として運用され、その投資対象には株式、債権等が挙げられ、解約返戻金が運用実績により低減し、最低保証はないこと等の変額保険の特質を理解していた。
太郎は、原告についての相続発生時に相続税の支払いに直ちに充てられる現金を確保するために生命保険への加入を決意したのである。また、平成元年当時、最も運用状況が良かったのが変額保険であったため、原告らは本件各変額保険契約に加入したのである。予想がはずれたのはやむを得ないことである。原告らは、金融機関が利息支払分についての融資を継続できないとの態度に出たために、被保険者を原告とする分以外の本件変額保険を解約したものである。
3 被告明治生命の主張
(一) (本件勧誘の経緯について)
(1) 原告の主張1(一)(1)は不知。
(2) 同1(一)(2)は否認する。
丁は、平成元年五月八日に太郎に会い、設計書に基づいて変額保険の説明を行い、かつ「ご契約のしおり 定款・約款」を渡した。また、その際、丁は、太郎より保険加入の申込書を受領したものの、記入不備があったために、同年六月五日及び一五日の二度にわたって原告宅を訪問し、原告及び太郎に会って追加の設計書を渡し、作り直した設計書に署名及び捺印をもらった。
(二) (変額保険の特殊性について)
同1(二)は認める。
(三) (本件各変額保険の危険性と勧誘の欺もう性について)
(1) (借入併用の相続対策型変額保険の危険性について)
同1(三)(1)は争う。
(2) (多社協同の高額保険勧誘の危険性について)
同1(三)(2)の事実のうち、保険会社一社の保険金額の上限が被保険者一人当たり三億円であることは認め、その余は不知。主張は争う。
(3) (杜撰な相続税の試算について)
同1(三)(3)の事実は不知。
(4) (「路線価上昇についての誤導」について)
同1(三)(4)の事実は不知。
(5) (「特別勘定運用益見込についての誤導」について)
同1(三)(5)の事実のうち、第一段落は不知。第二段落は否認する。第三段落のうち、勧誘文書の運用実績に九、4.5及び〇パーセントの各場合を併記すべきことは認め、その余は不知。
(6) (「銀行借入利息についての誤導」について)
同1(三)(6)の事実は不知。主張は争う。
(7) (リスクを警告するパンフレット、しおり、約款及び定款の不提示について)
同1(三)(7)の事実のうち、被告明治生命が設計書、約款等の書類を何一つ交付していないとする点は否認し、その余は不知。主張は争う。
丁は、平成元年五月八日に変額保険契約の申込書を太郎から受領するに当たり、設計書に基づき変額保険の説明をしている上、約款についても右同日に交付済みである。
(8) (他社任せの勧誘について)
同一(三)(8)の事実は否認する。
(四) (法令及び内規違反について)
同1(四)のうち、被告明治生命との契約に関する部分の事実は否認し、主張は争う。その余は不知。
(五) (損害について)
同1(五)は争う。
(六) 同1(六)は争う。
(七) 丁は、原告らに変額保険について十分に説明し、理解して貰っている。変額保険は自己責任の原則が適用されるべきものであり、偶々経済情勢が悪化して特別勘定の運用実績がマイナスとなっても、その負担は契約者に帰属する。
4 被告アリコの主張
(一) (本件勧誘の経緯について)
(1) 原告の主張1(一)(1)第一段落の事実のうち、丙が平成元年三月ころから、相続税対策の一つとして変額保険があることについての説明を行ったこと、原告が同年六月一九日に本件変額保険に加入したことは認めるが、丙が執拗に勧誘を行ったことは否認する。その余は不知。
同第二段落は認める。
同第三段落は否認する。
(2) 同1(一)(2)のうち、丁が被告明治生命の契約書類を乙及び丙に預けたことは認めるが、その余は否認する。
(二) (変額保険の特殊性について)
同1(二)は認める。
(三) (本件各変額保険の危険性と勧誘の欺もう性について)
(1) (借入併用の相続対策型変額保険の危険性について)
同1(三)(1)の事実のうち、本件変額保険は七億円近い保険料の全額を銀行から一時払いするものであることは認め、その余は否認し、主張は争う。
(2) (多社協同の高額保険勧誘の危険性について)
同1(三)(2)の事実は否認し、主張は争う。
(3) (杜撰な相続税の試算について)
同1(三)(3)の事実のうち、本件各プランが九〇〇坪を前提とした試算であり、宅地の利用関係は考慮されていないことは認め、その余は否認する。
乙及び丙は、原告に対し、相続税の試算は概算であることの了解を得た上で、本件各プランを作成した。
また、原告所有地の路線価は原告側から申し出た数字である。
(4) (「路線価上昇についての誤導」について)
同1(三)(4)の事実のうち、将来の路線価上昇率を年7.5パーセントとしたことは認め、その余は否認し、主張は争う。
(5) (「特別勘定運用益見込についての誤導」について)
同1(三)(5)の事実のうち、本件各プランが運用率を九パーセントとして試算したものであること、各被告らの変額保険の特別勘定の運用実績が会社によって異なっていること及び生命保険協会の自主ルールで変額保険のパンフレットには運用率九、4.5及び〇パーセントの各場合を併記することとなっていることは認め、その余は否認する。
乙及び丙は、右事項を記載した被告住友生命のパンフレットを原告に交付した。
(6) (「銀行借入利息についての誤導」について)
同1(三)(6)の主張のうち、本件各プランは銀行金利が5.4ないし6パーセントであることを前提としてることは認め、その余は否認し、主張は争う。
乙及び丙は、これらの数値は、プランの説明のために仮定的に設定されたものであることについても説明した。
(7) (リスクを警告するパンフレット、しおり、約款及び定款の不提示について)
同1(三)(7)の事実のうち、乙が原告に被告住友生命の設計書を渡していたことは認めるが、その余は否認する。
乙は、平成元年二月二〇日にパンフレットを、同年四月一〇日ころに約款等を交付している。
(8) (他社任せの勧誘について)
同1(三)(8)の事実は否認する。
(四) (法令及び内規違反について)
同1(四)は争う。
なお、募取法及び大蔵省等の通達は、あくまで国と保険会社との関係を定めたものであり、また、生命保険業協会の自主ルールもそれ自体が私法的効力を有するものではない。
(五) (損害について)
同1(五)の事実は不知。主張は争う。
(六) 同1(六)は争う。
第三 争点に対する判断
一 変額保険の内容・性格等 1 変額保険の仕組・特色
記録によれば、次の事実が認められる(以下、事実認定については、認定に供した主な証拠または証拠部分を、当該事実の末尾に略記する。)。
(一) 特別勘定の資産運用
変額保険は、我が国においては、昭和六一年一〇月から発売が開始されたものであり、保険会社が保険契約者から払い込まれる保険料中、一般勘定に繰り入れる部分(付加保険料や特約保険料)を除いた積立金を特別勘定として独立に管理し、これを主に上場株式、公社債等の有価証券に投資し、その運用成果に応じて保険金額が変動する仕組みの生命保険である。加入者は、特別勘定の資産運用により高い収益を期待できるが、一方で株価の低下や為替の変動などによる投資リスクも負うことになる。
(二) 基本保険額の保証
変額保険においては、被保険者が死亡・高度障害になった時に保険金が支払われる。その金額(死亡の場合には死亡保険金。以下、便宜、死亡保険金を例にして検討する。)は、変動保険金額と基本保険金額からなる。前者は特別勘定で運用されるものであり、後者は約定の一定金額であり、前者が運用の結果マイナスとなっても、死亡保険金としては、基本保険金額は支払われることとされ、最低保証を伴ったものとなっている。
(三) 解約返戻金
変額保険契約も保険機関の途中で解約することができる。その場合に保険会社から支払われる解約返戻金の額は、解約請求日の積立金から一定額を控除(定額保険に準じる。)して計算される。積立金とは、特別勘定で運用される資産のうちの当該保険契約の持分のことであり、特別勘定資産の運用実績に基づき毎日変動する。したがって、解約返戻金も毎日変動する。積立金の額には最低保証はないから、解約返戻金にも最低保証はない。<書証番号略>
(四) まとめ
以上からすれば、契約者から経済的に見ると、変額保険の主要な性格は、保険会社に資産の運用を一任し、投資収益を期待するという商品ということになる。
この性格に加え、変額保険は、その支払時期とその支払金額に特色がある。すなわち、被保険者が死亡した時期に初めて、それまでの資産運用の成果である金額(変額保険金額)と約定の一定金額(基本保険金額)とが死亡保険金として支払われる。前者はそれ自体として時々において変動するので、後者との合計額も本来は上下に変動することになるはずである。しかし、政策的観点から、変動保険金額がマイナスとなっている時でも、変動保険金額と基本保険金額との合計額としての死亡保険金の額は、基本保険金額を割り込むことはないとされ、基本保険金額分の最低保証を伴っている。
保険契約者が保険会社から金銭の支払いを受ける場合としては、もう一つの類型がある。それは解約して解約返戻金を受け取る場合である。時期は自由に選べるが、金額は、基本的に委託して運用されている資産の成果分であり、最低保証はないわけである。
したがって、変額保険は、安全性を重視し万一運用成果が予定利率を下回った場合でも給付の保証された定額保険とは正反対の商品というべきであり、変額保険の契約者には投資家としての自己責任を求める必要が生じる。
2 変額保険と相続税対策
次に、変額保険に加入する場合の動機として問題とされるいわゆる相続税対策と変額保険との機能的関係を検討する。
(一) 背景
次の事実は一般に知られているところである。
変額保険は、昭和六一年に発売されたが、このころ国内ではバブル経済と称される不動産価格、株式価格の高騰の時期に入り、これと並行して土地の値上がりによる相続税問題がクローズアップされるようになった。そして、変額保険は、銀行より借り入れた資金で保険料全額を一時払いで支払えば、当該借入分が負債として実質的に課税対象からはずれる一方、死亡時の保険給付金を借入金返済及び相続税支払原資に充てることができ、特別勘定部分の運用実績如何により支払利息を上回る利鞘を獲得することができるというメリットがあると喧伝され、特に平成元年ころから、不動産所有者が、その所有不動産を担保に銀行融資を受けて一時払いの変額保険に加入する例がみられた。
しかし、後記(二)(三)から明らかなとおり、右のような喧伝には不正確な点があることに注意しなければならない。
(二) 被保険者の別と相続税対策
不動産を担保にして融資を受けた金額をもって保険料を支払い、変額保険に加入し、これにより相続税対策を行うと世に言われているが、そのような例としては、大きく分けて、①保険契約者が自己を被保険者とする場合と、②保険契約者の子を被保険者とする場合との二つがあり、それぞれの場合における相続税との関係は基本的には次のようにいうことができる。
(1) 保険契約者が自己を被保険者とする場合
保険契約者(被保険者)が死亡して相続が発生すると、相続人に死亡保険金が支払われる(便宜、このような場合を想定する。)。この死亡保険金は、相続人が相続より取得したものとみなされ(同法三条一項一号)、相続人は相続税を負担することになる。また、相続人は、被相続人が負担していた借入金債務を相続により引き受けることになる。したがって、特別勘定の運用実績が高く、支払保険金が高額の場合には、相続人は当該保険金によって借入金(相続債務)の元利金を返済し、残額を相続税納付の資金とすることができる。このように納税のための資金を準備することができる場合があるという意味では、標記の場合における変額保険も相続税対策の一つと見ることができる。インフレ傾向が続き、相続税額が上昇するときには、定額保険は保険金額が目減りして実効性は弱いが、変額保険は、その保険金額がプラス方向に変動するので、大いに期待されることになる。
なお、この場合、支払保険金が借入金を上回る限りは、その分だけ相続財産が増加し、借入金による相続財産の圧縮効果は得られないから、保険に加入しない場合よりも相続税額を軽減することはできないが、保険金をもって相続税の支払いに充てることができる。これに対し、支払保険金額が借入金を下回る場合には、保険に加入しない場合よりも債務が過大となり、借入金負担はあるものの相続税が軽減されることになる。
(2) 保険契約者が子を被保険者とする場合
子を被保険者とした場合、保険契約者が死亡して相続が発生すると、保険金が支払われるわけではないが、借入金債務と生命保険契約上の権利が、被相続人(保険契約者)から相続人(子)に移転する。
ここで、一時払いの生命保険契約上の権利についての評価は、相続税法上、一時払保険料の額によるものとされている(同法二六条一項但書)ため、相続税を算定する上でのプラス財産である生命保険契約上の権利の評価額は一時払保険料の額のままで一定である。それに対し、マイナス財産である借入金債務は利息によって大きく膨らんでいる。その結果、相続財産全体の評価としては、借入金債務と一時払い保険料額の差額分だけ、相続財産全体の評価が圧縮され、相続税は軽減される。
しかし、保険契約者が死亡した場合においても、被保険者である同人の子は生存しているので、死亡保険金は支払われない。そこで、右相続の発生に伴う相続税及び相続により承継する借入金の支払いは、他に資金がなければ、承継した保険契約上の地位に基づき同契約を解約して得る解約返戻金をもって充当することになる。したがって、右の相続税の圧縮効果に加え、解約返戻金の額が借入金債務を上回っていれば、それをもって借入金を返済し、相続税の支払原資を得ることもできる。さらに、被保険者とされた相続人としては、相続税を支払う余力が別途にあれば、保険を解約せずに相続によって取得した右保険契約上の権利をもって、将来における自己についての相続開始時に自己の相続人がその相続税の支払原資とすることも期待することができる。なお、被保険者とされた子が死亡するのは相当先のことであるのが通例であるから、死亡保険金の支払時期も当然将来のこととなる。
(三) まとめ
右(二)によれば、次のようにいうことができる。
(1) 相続税対策の背景と変額保険
不動産等の資産が値上がりすれば、将来の相続発生の時に相続税が高額となり、それを支払うためには、当該不動産等を売却し、譲渡所得税を支払って残った金額をもって相続税を支払うことにもなりかねない。そのような場合(だけ)を想定すれば、保険金額が高額にも変動する変額保険は、支払時の金額が目減りする定額保険よりも、相続税対策となるといえる。
その場合、保有不動産の高騰に伴う高額の相続税の支払資金を用意するためには、変額保険金額も高額のものが必要となり、保険料も高額となる。そして、当該不動産を担保として保険料を支払うための借入れをすることになる。
その結果、相続発生時の相続税の支払いの他に借入金の返済が必要となる。相続税を低額にすることができ、あるいは資産を処分せずに相続税を支払えても、借入金の返済ができなければ、担保とされている保有資産の処分をせざるを得ないことになるので、資産の維持保有という当初の目的が結局は実現されないことになる点に注意しなくてはならないのである。
(2) 変額保険による相続税対策の難しさ
そうすると、相続税対策のために、借入金によって変額保険に加入する場合には、不動産の値上がり傾向の継続度、被保険者の相続発生時期の見通し、相続税額の予想額、変額保険の資産運用見通し、借入元利金の返済時期と返済金額等を想定して、判断する必要があるといえる。これは本来極めて難しい高度の判断を要することというべきである。もっとも、他の点が難しくて不明であっても、少なくとも資産の運用実績が好調で借入金の返済を超えるだけのものであれば、変額保険が相続税の支払原資を用意する手段として有効なことは明らかといってよいであろう。
なお、高額の相続税の支払資金の捻出のために、端的に有価証券取引に投資をする場合と対比すると、後者においては課題が明確に一つに限定され、短期間に成果あるいは失敗が結果として現れるので、その後の修正が可能である。それに反し、変額保険の場合には不確定の比較的短期とはいえない相続発生時まで、保険会社に借金した資産の運用を任せていることからくる自己責任の希薄さがある。これに、最低保証制度からくるそこはかとない安心感とが相まって、事態の変化を認識し方針の修正をする現実的な決断の契機を逸しがちである。
(3) 見込み違い
ところが、いわゆるバブル経済の華やかりしころには、ほとんどすべての者が不動産類は長期的に値上がりを続けると信じ、インフレ対策・相続税対策に躍起となり、多くは借入金により不動産、株式等の値上がりが期待できる商品を購入し、あるいはそのようなものへの投資を他人に委託する方法を採ったことは一般に知られている事実である。ところが、その後にバブル経済が崩壊し、気が付いた時には、借入金債務が膨張し委託した資産の運用実績は低迷しているのがよく見られる実情である。
3 変額保険の勧誘・加入における留意点
1、2のような変額保険の仕組み、内容及び特色からすれば、保険会社からみての変額保険の勧誘あるいは契約者側からみてのその加入に際しては、従来の定額保険と異なり、基本的には自己責任が要求される投資であるとの認識を契約者が有することが最も重要である。そして、借入金をもって保険料を用意する場合には、相続税額とその支払いの見込みと並んで、あるいはそれ以上に当該借入金(金利を含む。)の返済見通しを立て、さらに、変額保険の特別勘定に係る資産の運用実績が悪化すれば、借入金債務の膨張に対処できずにその返済が困難となるリスクのあることを、契約者において認識することが当然ながら極めて重要である。
二 事実の経緯
そこで、本件の争点を判断するため、本件変額保険締結に至る事実の経緯を検討する。
記録によれば、次の事実が認められる。
1 原告の身上
原告は、本件各変額保険契約締結当時(平成元年)、八〇歳(明治四二年一月一二日生まれ)であり、長男太郎(当時五一歳)及びその妻A(当時四八歳)並びに孫のB(当時二二歳)、C(当時二〇歳)及びD(当時一五歳)とともに暮らしていた。<書証番号略>
2 太郎と乙との面談
太郎は、昭和六三年末から平成元年初めころにかけて、自己が所有するアパートの建替えについて早稲田大学の同窓であるE弁護士に相談していた。その際の雑談の折に、太郎が相続問題が大変だと述べたところ、「住友生命に相続対策になる保険があるから、話だけでも聞いたらどうですか。」とE弁護士に言われて乙を紹介された。<書証番号略>
太郎と乙は、平成元年二月二〇日午前に一時間近くかけて、E法律事務所で、初めて面談した。その際、太郎は、原告が高齢で仮に相続が発生したときに納税資金を調達できないことを心配していた。これに対し、乙は、変額保険のパンフレット及び「SECURITY PLAN」と題した書面(原告用に作成したものではなく、一般向けのもの)を太郎に渡して、相続税対策に変額保険を用いる方法について説明するとともに、変額保険は特別勘定で有価証券を運用し運用成果が一定しないが、死亡保険金には最低保証があること、これに対し、解約返戻金には最低保証はないこと等を説明した。また、乙は、太郎より原告の家族構成並びに原告の資産として大田区久が原に自宅四〇〇坪及び土地五〇〇坪があること、並びに太郎の資産として大田区馬込にゴルフ場ガーデン一〇〇〇坪及び南行徳に土地七〇坪があることを聞いた。そこで、乙は、太郎に対し、相続税はかなりの額となり、保険は一人三億円が限度であって一社ではまかなえないことを説明した。また、E弁護士は土地の正確な評価額について太郎に調べるように指示し、乙は、後日概算で坪五三〇万円である旨を太郎から聞いた。<書証番号略>
3 プランⅠの提示
乙は、以前から知り合いの丙に相談した上で、原告用の「SECURITY PLAN」(以下「プランⅠ」ともいう。)を作成し、平成元年二月二六日、太郎に連絡した。太郎がE弁護士の立会いを希望したので、乙と太郎は、同年三月二日にE法律事務所で会うことになった。<書証番号略>
乙は、同年三月二日、E法律事務所で太郎と会い、原告用の「SECURITY PLAN」と題する書面<書証番号略>、変額保険の設計書<書証番号略>及びパンフレットを太郎に渡した。右プランⅠの内容は、原告が、所有不動産を担保に13.42億円を銀行から借り入れた上で、左記のとおり一時払い変額保険(保険金額計28.5億円、保険料計13.34億円)に加入するというものであった。
記
契約者 原告
被保険者 原告・保険金額 一〇億円(一時払保険料 7.70億円)
太郎・保険金額 一〇億円(一時払保険料 3.91億円)
A・保険金額 三億円(一時払保険料 0.90億円)
B・保険金額 三億円(一時払保険料 0.50億円)
C・保険金額 二億円(一時払保険料 0.33億円)
D・保険金額 0.5億円(一時払保険料 0.08億円)
右プランは、当時の原告所有不動産の評価額を合計一七億三〇〇〇万円(路線価で坪二〇〇万円の八五〇坪、坪六〇万円の貸地五〇坪)、路線価は毎年7.5パーセント上昇するとした上で、現時点、三年後、五年後及び一〇年後の右プラン未加入の場合と加入した場合の相続税額等を計算したものである。
右プランは銀行が追貸しすることが前提となっており、乙は、太郎から、原告のメインバンクが太陽神戸銀行荏原支店である旨を聞いた。また、被告アリコにおいては、八〇歳では保険に加入できないため、右プランの取り扱い保険会社として、乙及び丙の担当生命保険会社である被告住友生命及び同アリコに加え、同明治生命を入れることになった。<書証番号略>
4 プランⅡの提示
太郎は、平成元年三月二〇日、乙と連れ立って、太陽神戸銀行荏原支店におもむき借入れができるかを尋ねたところ、銀行側は変額保険について詳しくは知らなかった。<書証番号略>
このころ、丙は、丁に電話して、「原告に変額保険を提案しているが、一社三億円の保険金限度額しか契約することができないので、明治生命でも一部請け負ってくれないか。」と依頼し、丁はこれを了解した。<書証番号略>
一方乙は、同年三月二九日、右保険加入の意思確認のために太郎に電話したところ、太郎は「自分はこの方法しかないと思うが、家族が借入れが多すぎると反対している。」と言った。そこで、乙は、太郎に対し、「借入額が多く、ご家族の気持ちもわかります。プランの内容を私から直接ご家族にお話しましょうか。」と申し出たところ、太郎が了解し、乙は、E弁護士を同行して、同年四月七日に原告宅を訪ねることになった。<書証番号略>
乙は、再び丙に相談の上、融資金額を従前のプランの三分の一程度にした「SECURITY PLAN PARTⅡ」(以下「プランⅡ」という。)を作成し、同年四月七日、E弁護士とともに原告をその自宅に訪ねた。PARTⅡの内容は左記のとおりである(プランⅠに比して、保険金額は、原告及び太郎を被保険者とするものがそれぞれ七億円及び六億円少なくなり、合計15.5億円、保険料は計5.68億円となっている。)。<書証番号略>
記
契約者 原告
被保険者 原告・保険金額 三億円(一時払保険料 2.31億円)
太郎・保険金額 四億円(一時払保険料 1.56億円)
A・保険金額 三億円(一時払保険料 0.90億円)
B・保険金額 三億円(一時払保険料 0.50億円)
C・保険金額 二億円(一時払保険料 0.33億円)
D・保険金額 0.5億円(一時払保険料 0.08億円)
乙は、従前の三月二日のプランを「SECURITY PLAN PARTⅠ」として書面にし、右プランⅡとともに再度持参し、変額保険等について原告及びAに説明したところ、Aは、プランⅡを見て「このぐらいだったらいい。」と言い、変額保険に加入することに決めた。太郎らは一度加入することを決めると保障額の大きいプランⅠも捨て難い様子だったので、乙は、プランⅠの二分の一の融資を内容とする「SECURITY PLAN PARTⅢ」(以下「プランⅢ」という。)を作成して診査の日に持参することを太郎らに約束した。<書証番号略>
5 被告二社における診査及び本件変額保険に対する申込み
乙及び丙は、平成元年四月一〇日、社医らとともに原告宅に訪ね、D以外の被保険者についての診査を終えた。また、乙は、診査後、太郎らにプランⅢを提示し、太郎らはこれを了解した(Dは後日審査を受けた。)。丙は、家族を集めて右プランの説明をし、乙がこれに補足した。これを受けて、原告は本件変額保険への加入を決め、本件変額保険のうち被告住友生命分及び同アリコ分への申込書に乙ないしは丙がかわって署名捺印した。この際、乙及び丙は、ご契約のしおり・約款を一冊渡した。プランⅢの内容は、左記のとおりであり、保険金額は計17.5億円、保険料は計6.67億円である。右の申込みに対する両被告の承諾により、両被告と原告との間の本件変額保険契約が成立した。<書証番号略>
記
契約者 原告
被保険者 原告・保険金額 四億円(一時払保険料 2.92億円)
太郎・保険金額 五億円(一時払保険料 1.94億円)
A・保険金額 三億円(一時払保険料 0.90億円)
B・保険金額 三億円(一時払保険料 0.50億円)
C・保険金額 二億円(一時払保険料 0.33億円)
D・保険金額 0.5億円(一時払保険料 0.08億円)
6 被告明治生命に対する申込み
丙は、平成元年四月二一日、丁に電話して原告が変額保険に加入することになったと伝えた。丁は、丙から原告の氏名、生年月日及び加入希望の保険金額を聞き、同年五月八日に太郎と会うことになった。<書証番号略>
丁は、同年五月八日、丙とともに、太郎所有のゴルフ練習場で太郎と会い、被保険者は原告、保険金は一億円の設計書を見せた上で、変額保険について「変額保険とは預かった保険料の大半を株式に運用するもので、その結果高い運用益を得られるときもあるが、うまくいかない場合もある。うまくいかなかった場合にも加入時の基本保険金額は保証されている。」などと説明したところ、太郎から「変額保険のことは丙さんから良く説明を受け、分かっております。」と遮られ、そこで説明を中断した。原告は、同日、変額保険の申込書に署名捺印し、丁は「ご契約のしおり 定款・約款」を太郎に渡した。<書証番号略>
ところが、これについての契約成立は少し遅れた。というのは、まず、被保険者を太郎とする分の保険金額について、原告の希望する額が一億円ではなく一億五〇〇〇万円であることが後日分かり、丁は、同年五月一〇日、再度原告から申込書に署名捺印をしてもらった。さらに、丁の手違いにより、右申込書が定額保険用のものであったことや一部記載に不備があったことから、丁は、同年六月五日及び同月一五日、二回にわたって原告から申込書に署名捺印をしてもらった。また、この間に原告を被保険者とする分についても申込書の有効期限が過ぎたので、丁は、再度原告から申込書に署名捺印をしてもらった、被告明治生命が右申込みに応じることにより同生命との間で本件変額保険契約が成立した。<書証番号略>
以上の経過により、本件各変額保険契約が原告と被告らとの間にそれぞれ締結された。
三 不法行為の成否
1 変額保険の説明義務の履行の有無について
(一) 原告は、「運用利回りが4.5パーセント又は〇パーセントの場合の試算について乙、丙及び丁が全く示さず、変額保険のリスク又は危険性についても全く説明しなかった。」と主張する。
(1) 説明義務
ここで、変額保険の勧誘の際の説明義務について検討する。
生命保険を募集するためには、生命保険募集人として登録されていなければならず(募取法九条)、募集をする者は、「保険契約者また被保険者に対して、不実のことを告げ、若しくは保険契約の契約条項の一部につき比較した事項を告げ、又は保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げない行為」並びに「保険契約者又は被保険者に対して特別の利益の提供を約し、又は保険料の割引、割戻その他特別の利益を提供する行為」を禁止される(同法一六条一項一号、四号)。右禁止の違反に対しては、業務停止、登録取消等の行政処分のほか(二〇条一項)、違反者に対しては一年以下の懲役又は一万円以下の罰金(一四条違反の場合は五〇〇〇円以下の罰金のみ。二二条一項・二五条)を科す旨が定められている。そして、従来、我が国においては生命保険としては定額保険のみが存在していたため一般に生命保険が安全性のある商品であると認識されていたことを考えあわせると、変額保険を募集する者は変額保険に加入しようとする者に対し、特別勘定の運用の結果により保険金額及び解約返戻金が変動し、終身保険の場合の基本保険金を除いては最低保証されているものはないという変額保険の本質的要素を説明する法的義務(私法上のもの)が信義則上要求されているものと解される。ただし、相手方保険契約者の職業、年齢、財産状態及び変額保険についての知識経験等の具体的な状況次第で必要な説明の程度に違いがあると解される。
(2) 本件における説明義務の履行の有無
前記認定事実(二3)によると、乙は、原告に対し、変額保険の概要の記載のある変額保険の設計書<書証番号略>を少なくとも交付しており、口頭でも変額保険の内容を説明している。また、太郎は、高額の原告の相続が近い将来生じることを現実的な問題としてとらえ、その時における相続税の支払原資を確保することに頭を悩ませていた。そのため、紹介された乙がした本件各プラン書について数字を変えた三プランを提案させ、それらの説明を聞き、プラン書を見ていたのである。しかも相続税は概算で一〇億円から一五億円と試算されていた<書証番号略>。したがって、太郎は変額保険制度の基本的な内容、とりわけ株式の運用に依存しリスクがあるという点及び借入金返済の問題があるという点については、極めて確かな認識を持っていたというべきである。そして太郎は、右にも触れたとおり、保険料支払いのための借入金が多すぎるとの家族の反対で一旦は変額保険への加入を断念しかかったところを、合計保険金額及び合計保険料(すなわち融資額)を下げたプランに代えて本件変額保険に加入したものである(二5)。右のような継続的な書面及び口頭による説明並びに質疑応答では、主として前記の変額保険の本質的要素の説明をめぐるものであり、太郎はこれを通じてこの点にさらに詳しくなっていったのである。したがって、乙は、被告住友生命の募集人として右のような太郎及び原告に対し前記のとおりに説明したものであり、これは、かなり詳しくなっていった顧客に対するものとして全体として説明義務を尽くしていたということができる。
また、前記のとおり丙は、乙の説明の後に主にプランⅡを中心に太郎に説明したものと認められるが、太郎に対する変額保険の説明については、それまでに乙が行っているのであるから、丙の説明はその程度でも足りるというべきである。
さらに、太郎らは既に変額保険の知識を有していたと認められるから、そのような太郎らに対しては、丁は、乙がした以上の説明をする義務があるとはいえない。前記のとおり、丁のしようとした説明は、不要であるとして太郎から遮られた位であるから、丁にも説明義務上の何らかの違法行為は見当たらないというべきである。
2 本件各変額保険勧誘の欺もう性の有無について
(一) 借入併用の相続対策型変額保険の危険性の有無について
原告は、第一に、本件変額保険は、借入れを利用した投資信託と同じ危険性の高いものであると主張する。
しかしながら、変額保険が右のような性質を有するとの一事で、当該商品の存在自体が違法とされるわけではない。
(二) 多社協同の高額保険勧誘の危険性の有無について
原告は、第二に、本件変額保険は、被保険者一名につき一社三億円という自主規制又は内規等に違反する巨額の保険金契約であり違法であると主張する。
確かに本件各変額保険は総額で一七億五〇〇〇万円であり、その額は比較的大きいということはできる。しかしながら、巨額の保険金契約締結の一事で違法となるわけではない。大口の資産家は相続税が高額となる予想されるため、その対策としての変額保険にも高額のものが要請される。よって、原告の主張は理由がない。
(三) 相続税の試算の正確性の有無について
原告は、第三に、本件各プランにおける相続税額の試算は路線価等について調査を経ない杜撰なものであり違法であると主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、原告所有の土地の評価額はE弁護士の指示に基づき太郎が調べてきたものであり、原告の右主張は失当である。
また、本件各プラン<書証番号略>が解約返戻金についての所得税を考慮していないのは原告主張のとおりである。しかしながら、解約するかどうか定かでないことからすれば、シュミレーションとして決定的なミスとまではいえない。
よって、原告の右主張は理由がない。
(四) 路線価上昇率について
原告は、第四に、本件各プランにおいて将来の路線価上昇率が7.5パーセントであることを前提に試算しているのは違法であると主張する。
確かに、その後路線価上昇率が右の予測どおりにならなかったことは公知の事実である。しかしながら、いわゆるバブル経済の中にあった当時としては、一つの試算をする場合に路線価上昇率が右の程度と予測したとしても、それを不当であるということはできない。当時は、乙や丙を含む多くの人が地価は右上がりのまま上昇を続けると思っていたのであって、ちなみに原告や太郎らその家族も同じような見通しを持っていたからこそ、相続税問題が大変だと考え、変額保険に興味を抱いたのである(前記認定事実二2参照)。よって、原告の右主張は理由がない。
(五) 特別勘定運用益見込みについて
(1) 原告は、第五に、乙及び丙において、本件変額保険が「実績としては一二ないしは一五パーセントできている。」「安全を見ても(運用実績は)年九パーセントにはなる。」と説明したが、実際には被告アリコや平成元年に入ってからの被告住友生命の運用実績は低迷しており、右説明は事実に反するものであると主張する。
そこで、以下この点を検討する。
(2) (過去の運用実績について)
まず、加入月が昭和六三年一月から六月までの各被告の変額保険についてみると、各加入月の翌月一日から平成元年六月末日までの特別勘定資産の運用実績は、次のとおりである(単位はパーセント)。<書証番号略>
加入月 被告住友生命 同アリコ 同明治生命
昭和六三年一月 16.0 15.5 12.4
同年二月 12.8 9.9 9.5
同年三月 10.9 7.8 8.8
同年四月 9.5 5.8 7.4
同年五月 10.2 8.0 8.3
同年六月 8.6 7.2 8.0
ちなみに、平成元年六月末日時点での契約月別の運用実績を年換算した利回りの平均(各保険会社の年単位の運用利回りの平均を示す。)は左記のとおりである(単位はパーセント。被告住友生命及び同明治生命は昭和六一年一〇月から、同アリコは同年一二月から変額保険を売り出したので、それぞれそれ以降の加入分からの平均となる。)。<書証番号略>
記
被告住友生命 同アリコ 同明治生命
10.2 8.3 8.9
したがって、仮に冒頭の原告指摘に近い趣旨の説明が乙からされたとしても、それが事実と大きく違っているということはできない。
(3) (将来の見通しについて)
将来の運用利回りに対する見通しについて、乙ないし丙が、年九パーセントが確実であると説明したとしても、事柄の性質上、絶対ということがないのは明らかであり、太郎らも、それが一〇〇パーセントの真実ではなく、所詮セールストークであることは理解できたはずである。しかも、それまでの実績に基づく予測とすれば、全く根拠のない虚偽の事実とまではいえない。
よって、原告の右主張は理由がない。
(六) 銀行借入利率について
原告は、本件各プランは銀行の利息が年5.4パーセントないし六パーセントであることを前提に試算されているが、実際にはこれを大きく逸脱したのであって、このような説明は許されなかったと主張する。
しかしながら、これも予想の問題であり、説明時点でおよそあり得ない虚偽の数値であるとまではいえない。
よって、原告の主張は理由がない。
(七) パンフレット、しおり、約款及び定款の不提示の主張について
原告は、乙は被告住友生命の設計書を二回交付したのみで、他のパンフレット又はしおり、約款、定款を全く交付せず、被告アリコ及び同明治生命は右パンフレット等について何一つ交付しなかったと主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、乙、丙及び丁は、それぞれの被告会社の「しおり 定款・約款」等を交付している。
よって、原告の主張は理由がない。
(八) 丁の勧誘行為の当否について
原告は、丁が、原告と被告明治生命の本件変額保険を締結するについて、自ら直接説明等をせずに、乙及び丙と共同して同人らに任せた旨を主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、丁は、被告明治生命の本件変額保険契約を原告と締結するに際し、太郎と面会の上、変額保険について説明したのであって、その説明が途中で終わってしまったのは太郎が自ら遮ったためである。したがって、原告の主張は理由がない。
3 法令及び内規違反
原告は、乙らの行為について、法令及び内規に違反すると主張する。
そのような法令及び内規に違反する行為があったかどうか明らかではないが、いずれにしろ、被告らに不法行為が認められないことは前記のとおりである。
よって、原告の主張は右理由がない。
四 以上によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用は民事訴訟法八九条を適用して原告の負担とする。
(裁判長裁判官岡光民雄 裁判官平出喜一 裁判官松本清隆は転任のため、署名押印することができない。裁判長裁判官岡光民雄)
別紙<省略>